日本各地に残る歴史的建造物。それらは先人たちの知恵と技術の結晶であり、地域の歴史そのものです。しかし、木造建築である以上、シロアリや腐朽菌による劣化は避けられない課題です。

関東しろあり対策協会では、関東1都9県の文化財建造物を対象に、蟻害・腐朽検査を継続的に実施しています。検査は公益社団法人日本しろあり対策協会が制定する「蟻害・腐朽診断マニュアル」および「文化財建造物の蟻害・腐朽検査マニュアル」に準じて行われ、認定資格を持つ蟻害・腐朽検査士としろあり防除施工士が担当しています。

本記事では、これまでに実施した検査の中から8件の事例をご紹介します。数百年の時を超えて残る建造物に、どのように向き合い、何を守ろうとしているのか。その一端をお伝えできればと思います。

検査の方法と姿勢

文化財建造物の検査は、一般住宅の検査とは大きく異なります。文化財としての価値を損なわないよう、原則として非破壊による目視・打診・触診を基本とし、必要に応じて所有者の許可を得た上で含水率計などの計測器を使用します。

検査対象は主に床下部分の木部ですが、建物の構造や特性に応じて、土台、床束、大引、根太、床板など各部位を一つひとつ確認していきます。蟻害だけでなく、腐朽、カビ、木材食害昆虫(シバンムシ類等)による被害も調査対象です。

検査結果は詳細な報告書にまとめ、写真記録や図面とともにお渡ししています。「今は大丈夫」で終わらせるのではなく、将来のリスクも見据えた提言を行うことが、文化財を後世に引き継ぐための私たちの責任だと考えています。

検査事例のご紹介

1. 入野家住宅(主屋・表門)|栃木県芳賀郡市貝町

国指定重要文化財|建築年代: 江戸末期(1841年)|検査: 2025年10月

入野家は武士の出で、江戸時代初期から代々名主をつとめた家柄。主屋は天保7年から12年までの5年を費やし、飢饉に当たって村民救済事業として建設されました。寄棟造・茅葺で、主屋と表門が国の重要文化財に指定されています。

検査所見: 念入りな調査の結果、シロアリの生息や侵入痕、木材への食害は確認されませんでした。ただし、今後の定期的な観察が必要と判断しています。

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2. 旧弘道館(正庁・至善堂・正門附塀)|茨城県水戸市

国指定重要文化財・国特別史跡|建築年代: 天保12年(1841年)|検査: 2024年11月

第9代水戸藩主・徳川斉昭が藩政改革の一環として開設した藩校。敷地面積約10.5haは藩校として全国最大規模。文館・武館・医学館・天文台なども備えた総合教育施設でした。幕末の動乱を経て、正門・正庁・至善堂が現存しています。

検査所見: 正庁ではヤマトシロアリの生息が確認され、蟻道や蟻土も発見されました。至善堂では古い蟻害痕があるものの現在の活動は見られず、正門は良好な状態でした。早期の防除処理と定期的な経過観察を提言しています。

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3. 広徳寺 大御堂|埼玉県比企郡川島町

埼玉県指定有形文化財|建築年代: 室町時代後期|検査: 2024年9月

尼将軍・北条政子が美尾屋十郎廣徳の菩提を弔うために建立したと伝わる阿弥陀堂。方三間の寄棟造・茅葺で、関東地方らしい風格を帯びた貴重な禅宗(唐様)建築です。

検査所見: シロアリの目立った被害は確認されませんでしたが、床下にコンクリート型枠の残材や落ち葉が蓄積。中央御本尊後方の支柱は含水率40%超と高く、今後のシロアリ食害リスクがあるため、定期観察と早期予防処理を提言しました。

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4. 下新堀久伊豆神社本殿 付棟札二枚|埼玉県久喜市菖蒲町

久喜市指定有形文化財|建築年代: 江戸時代|検査: 2024年4月

久伊豆神社は武蔵国の古社で、本殿には建立当時の棟札二枚が付属する貴重な文化財。地域の信仰と歴史を今に伝えています。

検査所見: 非破壊による目視・打診・触診を実施。床下部分の木部について蟻害・腐朽の検査を行い、報告書にまとめました。

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5. 前橋市蚕糸記念館|群馬県前橋市

群馬県指定重要文化財|建築年代: 明治45年(1912年)|検査: 2023年12月

国立原蚕種製造所前橋支所の事務棟として建築。エンタシス状の角柱、レンガ積みの基礎、上下開閉式の窓など明治末期の洋風建築の特徴を残し、「糸の町」前橋のシンボルとして敷島公園ばら園内に移築保存されています。

検査所見: 木造洋風建築特有の構造を踏まえた検査を実施。蟻害・腐朽の状況を詳細に調査し、保全に向けた報告書を作成しました。

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6. 旧德川家松戸戸定邸|千葉県松戸市

国指定重要文化財|建築年代: 明治17年(1884年)|検査: 2023年10月

明治時代の徳川家の住まいがほぼ完全に残る唯一の建物。9棟が廊下で結ばれ部屋数は23に及びます。来客用・家族用・職員用の区画ごとに建物の構成や材木の質が異なり、旧大名家の生活空間を伝える歴史的価値が高く評価されています。

検査所見: 広大な建物の各区画について床下を中心に蟻害・腐朽検査を実施。建物の性格に応じた検査アプローチで、保全状態を詳細に報告しました。

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7. 物外軒茶室|栃木県足利市

足利市指定有形文化財|建築年代: 明治時代初期|検査: 2023年3月

回漕問屋「萬屋」三代目が建てた茶室。表千家不白流の門人であった主人が、自らの雅号「物外」にちなんで命名。明治34年に現在地に移築され、昭和43年に市指定文化財に指定されました。

検査所見: 茶室特有の繊細な木造構造を考慮した検査を実施。平成3年の修復後の状態を確認し、蟻害・腐朽の現状を報告しました。

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8. 滝田家住宅|千葉県白井市

国登録有形文化財|建築年代: 17世紀中頃〜後半(推定)|検査: 2022年4月

桁行9間・梁間5間の寄棟造・茅葺屋根が特徴的な古民家。江戸時代以来、平塚地区で居住を続ける旧家で、建設から300年以上が経過。千葉県内で国指定重要文化財の古民家に居住を続けている唯一の例です。

検査所見: シロアリによる被害はほとんど確認されませんでした。木材食害昆虫による古い食害痕が散在するものの、腐朽も古いもので建物に影響を与えるほどではないと判断しました。

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文化財保全への想い

300年を超える古民家から、幕末の藩校、明治の洋風建築まで。私たちが検査してきた文化財は、時代も構造も多岐にわたります。しかし共通しているのは、それぞれの建物が地域の歴史と人々の営みを今に伝えているということです。

シロアリ被害は、発見が遅れると取り返しのつかない損傷につながります。一方で、早期に発見し適切な対策を講じれば、被害を最小限に食い止めることができます。文化財建造物においては、この「早期発見」がとりわけ重要です。

関東しろあり対策協会は、今後も関東1都9県の文化財建造物の蟻害・腐朽検査を継続し、日本の貴重な歴史遺産の保全に貢献してまいります。

文化財建造物の検査をご希望の方は、お気軽に協会事務局までお問い合わせください。